本部地区第129回歩こう会
「紀尾井小ホールで大衆演芸鑑賞」
令和7年6月26日(木) 参加者14名
( 顔の部分にマウスポインタを当てると名前が出ます 敬称略)
集合写真
後列左より、柘植 茂、早出誠治、久保博文、石井和夫、山崎進弘
中列左より、森 邦彦、飯箸 弘、原田浩次、坂井大和
前列左より、山岸鷹雄、松内俊夫、小花秀一、高田裕治、門田明徳
「国立演芸場寄席」は国立演芸場建て替えのため他のホールを借りての
開催となっていて、第129回歩こう会は紀尾井小ホールでの鑑賞となりました。
紀尾井町は坂の多いところで、利用した最寄り駅によっては会場までの
上り坂に苦戦された方もあったようですが、集合時間12:30までには
全員無事集合して、記念写真を撮影した後に会場入り。
この日は講談中心の催しで、中でも「日本一チケットがとりにくい講談師」
として人気が高い神田伯山師が出演とあって席は完売とのことでした。
当日の演者、演目は次のとおりです。
・前 座:神田 若之丞「海賊退治」 神田伯山の弟子
風早丸という船に乗り込んできた海賊どもを乗り合わせた侍が退治するという一幕を熱演。
・講 談:神田 鯉花「お歌合わせ」 神田松鯉門下の若手女性講談師
柳沢吉保が若かりし頃、将軍・綱吉の生母である桂昌院に、
吉保の妻が優れた歌の才で気に入られたことを足がかりに、
吉保が出世の階段を駆け上がることとなった顛末。
・落 語:春風亭 柳雀「皿屋敷」 サラリーマン生活を経て転進した落語家
町内のご隠居から番町の皿屋敷にお菊の幽霊が出るという話を聞いた男たちの話。
お菊が皿を9枚で数え終わるはずが18枚まで数え、「明日お休みだからね。」という落ち。
・曲 芸:鏡味 味千代 女性の太神楽師
太神楽は日本の伝統芸能で、この日は台茶碗の上に茶碗や化粧房を
積み上げるバランス芸や、枡を傘の上で回すおなじみの芸などを披露。
・講 談:神田 伯山「小田原遺恨相撲」 当代人気随一の講談師
夫を殺された女とその子のために、横綱・谷風とその弟子の大関・雷電が
小田原の素人大関・荒岩を相手に仇をとるという「寛政力士伝」の一席。
〜仲入り〜
・講 談:神田 阿久鯉「雪江茶入れ」 女性講談師
赤穂義士外伝より。浅野家一番のお宝である「雪江茶入れ」が紛失したことで、
天野屋利兵衛が浅野家家臣の罪を被ることにしたという、
天野屋利兵衛と浅野内匠頭の固い絆についてのエピソード。
・落 語:三遊亭 遊馬「酢豆腐」
町内の若い衆が食通を気取る若旦那に腐った豆腐を珍味と偽って食べさせるという話。
もっとと勧められ「酢豆腐は一口に限りやす。」という落ち。
・幇間芸:松廼家 八好
今や日本に6人しかいない幇間、俗に言う「太鼓持ち」の一人。
幇間はお座敷の間をとり持つのが仕事で、この日は「梅にも春」の曲に乗せて
「売れない芸者の一日」を演じ、また野球拳などのお座敷芸を披露。
・講 談:神田 松鯉「出世の高松」 神田伯山の師匠で人間国宝
水戸徳川家の初代藩主・頼房が、若い頃に屋敷奉公をしていた女中に生ませた「寅松」。
母親を亡くして貧しい生活の後に頼房の実子として認められたが、水戸家は
腹違いの弟・光圀が後継者となり、寅松改め頼重は高松12万石の大名となった。
後に光圀は頼重の実子を養子として迎え、自分の後継者としたという「水戸黄門記」の一節。
人間国宝の実に格調高い講座でした。
16時過ぎに公演会場を出て四ツ谷駅近くの懇親会場に移動、
坂井さんの乾杯のご発声で懇親会を開始しました。
質・量ともに十分の中華料理を堪能し、紹興酒を飲み尽くしながらあっという間に
2時間が過ぎて、恒例の原田さんの「博多一本締め」でお開きとなりました。
次回は10月30日(木)、「流山 明治建築が残る街並みと新撰組最後の陣営地」です。
多くの方のご参加をお待ちしています。
今回の出席者は以下の14名(敬称略)でした。
飯箸 弘、石井和夫、小花秀一、久保博文、坂井大和、早出誠治、高田裕治、
柘植 茂、原田浩次、松内俊夫、森 邦彦、門田明徳、山岸鷹雄、山崎進弘
(幹事:小花秀一:記)
移動中
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