09年ローマ近郊・スケッチ旅行

平成21年6月20日〜6月29日

平松  久 記


 6月下旬、ローマ近郊をスケッチして回るツアーに参加してきました。このツアーは、独立美術協会の乙丸哲延画伯が引率して、ほぼ毎年、ヨーロッパ各地を回っているものです。今回は、6月20日から29日まで、実質7日間の旅で、参加者は女性5人に男性3人、それに乙丸先生と女性添乗員の合計10人でした。

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 行程を、[地図1]に示します。
 ローマの東北から東南にかけて、標高5〜6百メートルほどの山が連なっています。東北には有名なティヴォリがありますし、東南にはアルバーノおよびネミと称する小さな火口湖があり、その周辺の町はローマ時代から避暑地として栄えてきました。
 今回のツアーは、まず、ネミに根を下ろして、周辺の町を訪ねることから始まり、さらに、アッピア街道を110キロあまり南下して、ティレニア海に面した小さな岬にある古い町、ガエタとスペルロンガを訪れました。
 最後は、高速道路を一気に北上して、ティヴォリとその周辺を訪ねる旅でした。

[6月20日(土)]
 11時半に成田空港をイタリア航空機で飛び立ち、現地時間19時にローマのフィウミチーノ空港に着きました。飛行時間15時間半、現地気温27℃。専用バスで、ローマの東南25キロほどの所にあるネミ湖畔の町、ネミの郊外にあるホテルに向かい、ここで3泊しました。

2 [6月21日(日)] 晴れ、曇り、雨

 朝、ホテル周辺を探索しました。 ネミ湖もアルバーノ湖もすり鉢型をしていて、湖の周囲をめぐる小高い丘の上に町があります。 ホテルも丘の上の森の中にあり、ネミの町からは少し離れています。 [写真2]は、ホテルのテラスからネミの町を見たものです。

 この日は、アルバーノ湖周辺の町、カステル・ガンドルフォ、フラスカーティおよびマリーノを回りましたが、晴れ、曇り、雨と、天気が目まぐるしく変化して、スケッチどころの騒ぎではありませんでした。 [写真3]は、湖畔から見たカステル・ガンドルフォの町、 [写真4]は、フラスカーティの中心部の様子です。

 ここには、貴族の有名な別邸・アンドブランディーニ荘[絵5]があります。  [絵6]は丘の上にそびえるマリーノの町並みです。
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7 [6月22日(月)] 晴れ

 やっと晴れた日になりました。 午前中は山岳地帯にあるロッカ・ディ・パーパに行きました。 山の斜面に作られた、果てしなく階段が続く町ですが、涼しくて見晴らしが良いため、王侯貴族の別荘があるそうです。 [写真7]は、斜面に立つ町の様子、[絵8]は、民家の一つで、アパート形式になっているようです。

 午後は、ローマ観光組とネミ・スケッチ組に分かれ、私はスケッチ組に入りました。 ネミはローマ教王ピウス2世が「ミューズとニンフの住まうところ」と呼んだように、小さいけれど美しい景観の町です。 古くローマ時代にディアナ女神に捧げたといわれる船(焼失して今は無い)とイチゴ栽培で有名です。

 前述したように、ネミ湖は火口湖で、すり鉢型をしており、町は湖面からかなり高いところに作られています。 国道が湖と接したところに広場があり、[絵9]のように町全体が見渡せます。 左側が絶壁になって湖に接しています。 高い塔はルスポリ館と呼ばれ、古くは御領主様の館でしょうか、今は役場になっています。

 国道広場から湖沿いに、ルスポリ館前の中央広場に行く道には、[写真10]のような飲食店や商店があります。  [絵11]は、そのうちの一つのレストランのテラスから描いたネミ湖のスケッチで、対岸の町は、花祭りで有名なゼンツァーノです。 ルスポリ館前にも、飲食店や観光客相手の店が並んでいます。  [絵12]は、これらを描いたもので、中央の小道を登った上にも住居が立ち並んでいます。 この地帯には、地域専用のバスが運行され、我々は、それに乗ってホテルに帰りました。
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13 [6月23日(火)]  晴れ、一時雨

 今日は、海岸沿いの古い町、スペルロンガに移動する日です。 朝、ホテルを出発、専用バスでアッピア街道を南下し、まず、古い港町、ガエタに行きました。

 アッピア街道には、[写真13]のように、両側に松が植えられています。 イタリヤの松はキノコのような形をしていて、その松笠は巾15センチもある巨大なものです。 [写真14]と[絵15]は、ガエタの町並みで、石造りの立派な建物が多くあります。

 午後、近くにあるティベリウスの洞窟を見学してから、目的地のスペルロンガに着きました。 ティベリウスの洞窟[写真16]は、海に面した二つの洞窟からなっていて、一つ目の巨人が住んでいたという伝説があり、洞窟の前にはローマの2代皇帝ティベリウス帝の私邸跡が発掘されています。
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17 [6月24日(水)] 晴れ

 この日は、一日中、スペルロンガをスケッチして過ごしました。
 
 スペルロンガの町は、[写真17]のように切り立った、高さ65メートルの断崖の上に築かれており、狭い路地と階段に沿って白い家が並び、各所にブーゲンビリアの花が咲き乱れていました。

 [絵18]は、丘の下のヨットハーバーから町を見上げた所、[絵19]と[写真20]と[写真21]は、丘の中腹の家、[絵22]は、頂上の広場に建っている建物です。 丘の下には新しい町が作られ、その海岸は海水浴場になっています。
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23 [6月25日(木)]  晴れ、夕方一時雨

 朝、スペルロンガを出発して、高速道路でローマ北東の山岳地帯にあるティヴォリに向かいました。 途中、多くの山岳都市が点在し、イタリアの古い歴史を物語っているようでした。

 ティヴォリ郊外のホテルに荷物を置いて、近くの小さな古い町ポーリを訪れました。 12世紀頃、建てられたようで、[絵23]は、古い町の一郭を描いたものです。 ここでも、古い町に相対する丘に新しい町が作られていました。

 午後は、ティヴォリのメーンストリートを見物しました。 ブランド物や、色々のものを売る店が並んでいますが、[写真24]のように、派手なショーウィンドウなどなく、一見、裏通りのような佇まいです。

 ホテルは、ティヴォリの町から一つの谷を隔てた丘の上にあり、修道院を改築した石造りの厳然とした建物です。 ホテルの前からは、ティヴォリの町と、遠くにはローマが見渡せます。 [絵25]は、ティヴォリの全景を描いたものです。
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26 [6月26日(金)] 晴れ

 前述したように、ティヴォリは、ローマ時代から王侯貴族の避暑地として有名で、多くの別邸や遺跡が残されていますが、中でも群を抜いて有名なエステ荘(ヴィラ・デステ)を見学しました。

 ここは、噴水の庭園でも知られています。 16世紀に、枢機卿エステ家のイッポリート2世の命によって、ベネディクト会の修道院を改築して建てられたものです。 ローマに面した断崖に沿って、近代ビル6〜7階分の高さに作られ、上の3階が建物、屋上から入ります。 下の3〜4階分が庭園で、幾段にも分かれて無数の噴水が作られています。

 有名なのは、百の噴水[写真26]、楕円の噴水(ヴィーナスの噴水とも言う)[写真27]、オルガンの噴水[写真28]、エペソスのディアナの噴水[写真29]です。 驚くべきことは、これらの噴水は、上の水源からの落差を利用して吹き上げるもので、動力を一切使っていないことです。
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30 [6月27日(土)] 晴れ、一時驟雨

 ティヴォリからもっと山地にあり、古いお城のあるロッカ・シニバルダに行きました。 [絵30]は、村の入り口付近から丘の上のお城の一角を描いたものです。
 午後、近くのトゥラーノ湖(水力発電のための人造湖)の辺にあるカステル・ディ・トーラをスケッチする予定でしたが、凄い驟雨に会い、仕方なくバスの中から短時間で描いたのが[絵31]です。
 帰りに、ティヴォリの郊外にあるスーパーマーケットとアウトレットに寄りました。ヨーロッパの田舎町のことでもあり、何れも規模はたいしたものではありませんが、スーパーマーケットでは、チーズとキノコの食材が豊富なのには驚きました。
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[6月28日(日)〜29日(月)]  晴れ

 28日は帰国の日。 10時半、ホテルを出発してローマのフィウミチーノ空港へ。 空港内の免税店では、バッグや鞄などの袋物屋が多く目に付きました。
 15時40分、イタリア航空で飛び立ち、29日、日本時間10時に、成田空港に着陸しました。

 スケッチ資料
  紙 : ホワイト・ワトソン、300g、F4大(240×320mm):絵6,8,9,11,12,15,18,19,22,23,25,30,31
      アポロ、160g、F1大(160×220mm):絵5
  輪郭: 鉛筆(三菱UNI、2B):絵5,8,9,11,12,15,18,25
      三菱ダーマトグラフ:絵23
      パイロット水性ドローイングペン、0.5mm径:絵6,22/0.8mm径:絵19
  絵具: ホルベイン透明水彩絵具


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