中国四大世界遺産ツアー

平成14年2月22日(金)〜26日(火)   鹿島静哉記

 近畿ツーリストの「中国ツアー」に妻と二人で参加し、世界遺産の拙政園、故宮、天壇、万里の長城を見学するため上海・蘇州・無錫・北京を廻りました。
1日目:2月22日(金) 成田発15:55中国航空で出発、人員は18名、殆どが中高年の夫婦連れ。現地時間18:20上海虹橋空港到着。
 入国手続きの後、中型の観光バスに乗り、ガイドの朱さんの案内で、夜景の美しい外灘(上海バンド)に行った。黄浦江沿いに、上海税関、和平飯店(旧キャセイホテル)等の150年位前に建てられたヨーロッパ風の街並みが続き、対岸のテレビ塔や近代的なビルがライトアップされ幻想的であった。
2日目:2月23日(土)  
 蘇州へ 朝から雨。バスで蘇州へ約1時間半のドライブ。蘇州出身の中年女性ガイドの朱さんより中国、蘇州について説明を受ける。(後記参照)
 蘇州に近い高速道路の両側に現在開発中の工業団地があり、その広大な面積に圧倒された。全部完成するのは2020年。松下、クボタ等々約50社がすでに稼動中という。日系企業の中国進出は、蘇州、無錫地区が多いと聞いていたがそれを実感する。私の関わっている製品の客先も続々と中国に工場の建設をすすめ、本年後半には生産が開始される予定である。このスケールと安い労務費で作った製品が世界中に輸出されると、日本企業はどうなるだろうか。日経ビジネスの記事「中国発・世界永久デフレの衝撃、日本はどう乗り切る」を思い出す。楽しい筈の旅行が憂鬱になる。
 蘇州は運河と庭園で知られる。「水の蘇州」の名の通りクリークが発達し、美しい水郷風景が見られる。蘇州古典園林として170程の庭園があり、その中の「拙政園」「留園」は中国四大庭園に挙げられる。
 蘇州は、商工業の中心としても栄えた。マルコポーロは「東方見聞録」の中で生糸の産量が莫大で、裕福な商人が多いと伝えている。
 拙政園に着く。朱さんが傘の無い人に傘を買った、アルミ骨の折りたたみ傘が10元(160円)。
蘇州 拙政園
蘇州 運河遊覧
北京 天壇公園 祈念殿
北京 故宮博物院 大和殿
北京 八達嶺 万里長城

 拙政園 富豪が金に糸目をつけずに多くの庭園を造った。「拙政園」はそれら庭園の中でも最大の明朝様式の庭園で、面積約5ha、敷地の4分の3を池が占め、典雅な建築物が水辺に臨み、築山と調和して水面に美しく映る。
 寒山寺 寒山寺は張継の唐詩「楓橋夜泊」で有名。寺名は唐の名僧「寒山と拾得」が住職を務めたことに由来する。寺は何回も火災にあっており、現在の建物は辛亥革命の年(1911年)に造営された。鐘は日本製で伊藤博文が贈ったもの。寒山寺の近くの楓橋はアーチ型の石橋として有名である。
 現在の住職「性空」直筆の書画が店に沢山あった。「楓橋夜泊」の掛軸を200元(3200円)で購入。ここの売店の物は本物だが、街で売っている物は偽物が多いと聞いた。
 蘇州博物館 蘇州は刺繍のメッカで「蘇繍」と言われている。博物館では絹織物の生産工程の展示と、刺繍の実演販売をしている。刺繍は4000年の歴史があり、入れ墨を彫る技より生まれたとのこと。妻はお茶の関係でよく和服を着るので、綴織りという特殊な絹織物の帯を購入した。京都の呉服屋の注文で製作したが、そこが倒産し引き取ってもらえないので特別価格で販売するとのことで、日本で買うと高価でとても手が出ないものを、交渉して5万円で購入した。中国に来て帯を買わされるとは夢にも思っていなかった。
 蘇州運河 蘇州は、東洋のベニスと言われている。15人位乗るモーター付き遊覧船で運河を遊覧。運河の両側は民家の裏口で、ゴミが多く、下水を流している所もあり、とても観光を楽しむ状況ではない。一昨年訪れたベニスは素晴らしい景観で、ゴンドラも手漕ぎ船でとても優雅で素晴らしかった。例えられたベニスが怒るだろう。
 無錫 無錫は人口400万人、南に太湖、西に恵山、錫山がそびえる風光明媚な地。太湖の眺めを取り入れた庭園や景勝地が多い。太湖は中国第三の淡水湖で、琵琶湖の三倍の広さ。昔は錫が採れていたが、採れなくなったので無錫という地名にしたとのこと。宿泊は錦江大酒店で結構良いホテルであった。
3日目:2月24日(日)無錫:太湖遊覧 太湖を100人位乗る船で遊覧、全員が日本人の観光客であった。朝早かったせいか霞が掛かっており、帆を張った漁船が行き交う様は水墨画の世界である。
 太湖:淡水真珠工場見学 船で遊覧の後、淡水真珠の工場・売店を見学。真珠製品を販売している。 1個千円の「肌が綺麗になる真珠の粉入りのクリーム」を、中国語のできるツアー仲間が30個を1万5千円に値切り、みんなで分けた。私達もこのクリーム4個の他に真珠のネックレス3連をかなり値引きして購入した。バスで上海に戻る。
 豫園と豫園商場 「豫園」は、明代の中国式庭園で、数々の池や楼閣に木々の緑が配され、全体が迷路のような複雑な構造である。 日曜日のためか大変な人混みで、人が道にあふれていた。旗を高く上げている朱さんについて進むのに必死で、要所要所で人数を確認しながら歩く。
 上海市内観光 上海は人口1300万人で中国第一の大都市。古いビルを壊し、高層ビルを次々と建設している。ここで世界のブルドーザーの1/3が稼働しているという話もある。 古いものと新しいものが混在していて、決して綺麗ではない。美しい店の2階の窓に、洗濯物が雑然と干してあったり、街路樹にロープを渡して下着が吊されている。日本では見られない光景で、余り良い感じはしない。恥ずかしいという感覚が少ない国民性なのか。トイレもドアを開けたまま入っている。妻もドアが半分開いているので入ろうとしたら、中の人に睨まれたという体験をした。
 夕食後、浦東国際空港から国内線で北京へ、約2時間の飛行。朱さんとは、ここでお別れ。
 北京空港22:20着、ホテル23時着。「海逸酒店」は最近リニュアルした日系のホテルで、とても立派で日本語が通じ便利であった。
4日目:2月25日(月) 北京 7時15分出発。バスで天壇公園に向かう。ガイドの劉さんは公務員をやめて、京都の大学で5年間比較文化論を学んだとのこと。
天壇公園 明清時代、ここに皇帝が毎年正月に足を運び、天に向かって五穀豊穣を祈願した。祈念殿は円形の木造建築で三層の大理石の壇上に建ち、高さ38m、直径30m。北京の青空に映える青い三層の瓦の屋根で、梁・釘を使わない建築物である。
 広い公園内には樹齢100年以上の樹木が4000本以上ある。あちこちで老人のグループが、太極拳、社交ダンス、フオークダンス、バドミントン、トランプ等々に興じている。
故宮博物院 故宮は紫禁城と呼ばれた皇宮で、491年間、明・清二代の24人の皇帝が居住した。外朝と内廷の二つに分かれる。外朝は、太和殿、中和殿、保和殿を中心に配し、皇帝が重要な儀式に使う。内廷は皇帝の日常の政務に使い、皇帝や皇后貴妃たちの住む後宮があった区域である。
 現在は中国最大の博物館「故宮博物院」となり、収蔵品は90万件以上におよんでいる。しかし、皇室に伝わった貴重な収蔵品の多くは、国共内戦時に中国国民党政府により台湾に移送され、台北市郊外の「故宮博物院」に所蔵・展示されている。
 保和殿の北側の石段中央にある雲龍階石に感激した。長さ17m、幅3m、厚さ1.7m、重さ250tで、紫禁城内最大の石造物。一枚の青石に9匹の龍が雲中を行く姿を彫刻してある。北京西郊外50kmの房山から切り出され、冬期、水を撒き凍結させた路面を2万人以上の人手により28日間かけて運ばれたという。彫刻も素晴らしいが、その運搬方法に感嘆した。
 内廷の東に土産物を販売している建物があった。劉さんに紹介された店で3月に嫁に行く娘と彼氏のために瑪瑙の実印と銀行印の4本セットを購入し、ホテルに届けて貰うことにした。
 万里の長城 八達嶺で約1時間の自由時間があった。世界的・歴史的な遺跡を自分の脚で歩けることに感激し、時間の許す限り先まで歩くことにする。階段は角がすれて丸くなっているので、滑らない様に気をつける。城楼に登ると嶺から嶺に延々と続く長城が眺められる。これが6000kmも続いていることを想像すると気が遠くなる。約30分歩き4つ位先の城楼まで行き引き返した。
 万里の長城では他所で受けたのとは違う感動を覚えた。中国は大きいばかりで無く、発想が日本人と根本的に違うと感じた。故宮、天安門、万里の長城等を見るにつけ、中国人が大きな能力を持っていることを認識せざるを得ない。これからの経済戦争を考えると末恐ろしくなるほどだ。
 天安門広場 天安門は皇城の正門で、現在は中華人民共和国のシンボルであり、前方の巨大な空間が天安門広場。面積40万u、世界で最も広い広場のひとつで、50万人を収容できる。東西に歴史・革命博物館と人民大会堂の巨大建築が聳え、南は正陽門から毛主席紀念堂、人民英雄記念碑、国旗掲揚台とこれまた巨大な建造物が南北軸線上に配置されている。天安門から北は、故宮の主要建築物が線上に並んでいる。
 中国の国旗・五星紅旗が風に翻る国旗掲揚台を大勢の人々が取り囲んでいた。見張り台には2人の衛兵が微動だにせず立っている。掲揚台の横に電光掲示板で当日の降旗時間と翌日の掲旗時間を案内している。我々も降旗の敬礼を見るためしばらく待ったが夕食の時間となり、見られなかった。
 夕食は歴史博物館内の外国観光客専門のレストランで一般の人は入れない。入口に衛兵が立ちチェックをしている。名物の北京ダックがでた。さすがにおいしく、量も多く、充分満足した。
 京劇 観賞 「京劇観賞」はオプションで、料金は一人3500円。夕食の後、専門の劇場に案内される。イヤホーンで日本語の解説を聞きながら観賞する。演目は「西遊記」。幕間を入れて約1時間。立ち回りは相当な修練が必要と思うが、日本の歌舞伎と比較すると、歌舞伎の方が色々な面で洗練されていると感じた。
 観賞後、北京の夜景を見ながらホテルに戻る。万歩計で2万5千歩。劉さんが普通3日掛かる行程を1日で案内したと言っていた。 
5日目:2月26日(火)帰国 7:15ホテル出発 北京空港9:20出発。成田空港 13:20到着。17時茅ヶ崎に帰宅。
 一寸厳しい日程ではあったが、中国の歴史と現状の両方を見て、感動もしたが、考えさせられるツアーであった。
 上海から蘇州に向かうバスの中でガイドの朱さんの説明をメモしたのを列記すると。
 *中国の人口12億人、面積960万u(日本の26倍)東西5000km、南北5600km。
 *1人子政策で2人生むと5万元(80万円)の罰金。
 *定年男子60歳、女子55歳。定年後は給料の80%が支給。
 *偶数が好まれ(8が最も良い)、奇数はきらわれる。
 *赤は紅と記し、縁起が良いと好まれる。
 *家庭では糞等環境上の理由から犬を飼うのは原則禁止だが、1万元(約16万円)の税金で可。
 *蘇州:人口70万人、雪は降らず夏は暑く35度位、自転車が45万台と多い。
  オートバイは10〜15万円(日本製)、エンジン付き自転車は5〜6万円。
 *トイレは有料(5角=8円)であったが、WTO加盟と同時に無料化。
 *出された料理は全部食べないで、残すのが礼儀、食べきれない程御馳走になったの意。
  酒は、コップを卓上に置いて注いで貰う。指でコツコツたたいて謝意を表す。
 ツアーの食事
 *蘇州の昼食で上海ガニが出たが、期待した程ではない。毛蟹より小さく、殻が硬く、身をだすのが大変。
  無錫名物の排骨料理(豚骨付き肉を甘辛く煮込んだ物)は非常に美味しかった。
  四川の麻婆豆腐はさすがに辛かった。
  上海では小龍包等の上海料理。
  北京の昼食は広東飲茶料理。夜食は北京ダック。
 *飲み物は各自払い。瓶ビールか紹興酒であった。大瓶ビール(20元=320円)。
  紹興酒は無料、これをお燗する錫製容器を売るためのサービス。1個購入(2000円)。
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